ヤマハ発動機の創業者である川上源一が遺した、まさに「城」と呼ぶに相応しい堂々たる宿が袋井市宇刈にある。（株）ヤマハリゾートが運営する「葛城北の丸」である。

将軍や大名のプライベートな空間を意味した「北の丸」の名が示す通り、日本建築の美を随所に感じさせる造りとなっている。北陸から移築してきた７軒の古民家を宿泊施設として再構築しなおし、それぞれを回廊でつなぐことで平城としての趣が表現されている。木材の専門家でもあった川上が集めた銘木の数々が惜しげもなくつかわれており、完成から40年以上が経過した今も行き届いた手入れによって見事な輝きを放っている。

北の丸は「殿様をもてなすような宿泊施設」を目指して、既に名声を得ていた葛城ゴルフ倶楽部に隣接する13万平米の土地に建設されることになった。当初はスペイン風の構想でまとめられていたが、川上はそれを白紙撤回する。「消えゆく古い民家を救いたい」という。かくして北陸地方の雪深い地帯に建てられていた豪壮な梁や柱をもつ古民家が、厳選され移築されることになった。遠州地方のテイストも織り込み、細部に至るまで緻密にデザインがなされた。そして延べ3万人以上の人員を24時間体制で投入し、多くの困難に直面しながらも4か月という短期間で建築された。現代の一夜城と言われたりもするが、ヤマハ株式会社が誇る高い木材加工技術のおかげで今も狂いを生じていないという。