第1節 YZ250FX、WR250Fという結晶

新ジャンルの提唱新ジャンルの提唱

2014年11月2日、YZ250FXがデビュー戦で1~4位を独占した。日本国内で最大エントリーを集める「JNCC全日本クロスカントリー選手権」第7戦最終戦・爺ガ岳でのことだ。クロスカントリー・エンデューロの世界最高峰と言われる 米国東海岸での GNCCと同様、3時間+αを競うコンペティションである。

そこは、山々が連なる立山連峰にある日本最大級の黒部ダムの入口トンネルから、数キロ東にある斜面のスキー場。雪のない季節に、クロスカントリー・エンデューロのマニアたちが集まっていた。この日、誕生したばかりのYZ250FXの開発テストをメインで担当した鈴木健二は、険しい登り勾配のガレ場も豪快に登り抜き、結果に繋げたのだった。

「あのガレ場は国内のエンデューロコースとしては、最も厳しい。USやニュージーランドなど海外エンデューロを色々走ってきましたが、世界的にみてもこの難易度はトップレベルではないかな」と鈴木。結果の裏付けは、コンセプトが明快であったことだ。キーワードは“クロスカントリー・エンデューロ”である。

思えば“ヤマハオフロードマシン開発”の静かな胎動は1968年の DT-1だった。それから47年、その開拓の中で、YZの名を冠したエンデューロマシンは初めてである。それはモトクロッサーYZの“DNA”継承を示すだけではない。新しいジャンルの提唱・開拓、そして世界中のオフロードマニアに向け普及したいという開発者の気持ちを、”YZ”という記号性に込めたのである。

並行開発のWR250F(北米仕様その他)は灯火類や速度計、専用サイレンサーなどが装備される。ウッズ主体の場面での取回し性からファンライドでの特性など、様々なオフシーンに呼応しているが、文字通りの一卵性双生児。秘めたる潜在力に、さほど開きはない。どちらも、約半世紀の開発の軌跡の、結晶である。

クロスカントリー・エンデューロの楽しさクロスカントリー・エンデューロの楽しさ

エンデューロシーンは、地域性や時代とともに変わってきた。米国西部の乾燥地帯を走り、欧州の海辺を走り、北米の森林や湿地帯を抜け、夏のスキー場も駆けた。そして今、欧米豪のトレンドは、”クロスカントリー・エンデューロ”がポピュラーとなりつつある。砂、泥、岩場、枯葉、倒木などさまざまに路面状況が変わる1周5~10kmのコースを数時間走り抜き、タイムを争うコンペである。歩いて登るのも大変なガレ場の登坂を、マシンとうまく会話しつつ操縦しクリアしなければ、ゴールも見えないハードなスポーツでもある。

モトクロスの経験者が、その勢と経験を活かして、エンデューロを楽しむことも多い。しかし今日のクロスカントリー・エンデューロは、少々事情が違う。ナショナル選手権のMXでトップクラスを走っていたライダーでも、いきなりエンデューロで爽快に飛ばせるとは限らない。

「モトクロスは整備された”綺麗なクローズドコース”を走るので、コーナーの先も予測できます。下見も容易でしょう。基本的にはラインをトレースしていけば前に進める。でもエンデューロは、基本的に走行ラインはないのです。次に何かある分からない不安感もありますね」とマニアたちは異口同音に話す。

「エンデューロでは枝や梢が身体にあたって弾かれる。マンゴーやカボチャサイズの石ころが一面に並ぶ所や沢を横切るシーンもあり、人が歩く程度の速さでトコトコ進むこともある。とにかくハードなんです。でもそれが楽しい」とも言う。

YZ250FXの開発テストを担当した鈴木健二は楽しそうにこう呟く。「オートバイを乗りこなすってこんなに難しいんだ、と教えてくれるのがエンデューロ。そしてまた、オートバイとの一体感は、こんなに素晴らしいとわかるのもエンデューロなんです」と。

データに見えないFI適合データに見えないFI適合

ヤマハエンデューロマシンは、1980年代の2ストローク「IT」シリーズに始まり、4ストロークの「TT」、YZベースの「WR」と受け継がれ、様々なエンデューロシーンを走り抜いてきた。2015年型はWR450F、YZ250FX、WR250Fがラインナップされる。

YZ250FXとモトクロッサーYZ250Fの相違点を綴るのは、ある意味では容易だ。例えばこんな具合だ。「ECUはYZ250FX、WR250Fそれぞれ専用品」「ギアボックスはワイドレシオの6速」「フレームは専用チューニング」「前後サスペンション専用セッティング」「リア18インチのエンデューロ用タイヤ&ホイール」・・・である。

ただ、この中でYZ250FXの独自のキャラクターを決定づける重要な肝となっているのがECUである。そのデータの書き換えは、単に「中低速寄りにした」と語るなら全くの一知半解だ。

そこには、膨大な開発の労力が費やされた。FI適合を専任とする技術者が作成する3Dマップ織り込みのECUで開発ライダーが走行テストを行い、そこで得た官能評価を解析し、再びFI適合の技術者に戻してマップを補正、修正されたECUでまたライダーがテストする。その繰り返しが延々と続くのだ。

開発ライダーの鈴木健二に聞いた。「ECUの書き換えという部分ではYZ250Fより、すごくシビアなのです。モトクロスでは3,000r/minから上しか基本的には使いません。でもエンデューロでは、エンブレで止まるか止まらないか、という粘り感のところまでの特性を作り込みます。1,500rpm くらいかな。その領域になると、もうコンピュータにないというか、データ上で確認できない領域です」。

彼は笑いながら続けた。「本当に、いやになるくらい繰り返しやりました」。「色々なオフロードマシン開発に携わってきましたが、その中で、一番ハードルが高いのがエンデューロマシンではないでしょうか」。結果、アイドリングでトコトコ進むことも出来るし、中・高速でのパンチ力を備える。そのポテンシャルを彼は自慢した。

「ノーマル状態でモトクロスに出場しても、高い性能を発揮できると思いますよ。まあ腕にもよりますが、国際A級の予選通過レベルのポテンシャルは十分備えています」と。

マニアたちの仕事ぶりマニアたちの仕事ぶり

ヤマハ本社から北の方向へ40分。古い寺院の脇を抜け、小川沿いに登ってゴルフ場をかすめると、やがて浜北トレールランドに辿り着く。1970年誕生のこのコースこそ、ヤマハオフロード車の聖地であり故郷だ。多くのオフロードマシンの研究開発がここで行われてきた。

複数のMXコース、ITコース、SXコースがある。蝮(まむし)や蛙などが出没する。エンデューロマシンの開発は、海外エンデューロの体験を、このコースで再現しながら行われる。YZ250FXの走行テストもこのコースで90%が行われた。

開発ライダーが参戦するエンデューロレースにおいては、車両準備の専任スタッフはいない。開発ライダー自らが、タイヤ組み替え、空気を調整し、ホイール交換などをしたうえで走り出す。ライダー自らが色々なパーツを逐次組み込み走るから、細かな相違も確認しやすい。自ら洗車も行うことで、細部へのチェックも怠らない。

YZ250FXの開発も、開発ライダーがそうしたレースで得た情報を技術者に的確に伝えることで進められた。懸架ブラケットを㎜単位で削ってカタチを調整、取り付け方法も色々試された。「エンジンの懸架方法だけでも、10種類以上はトライしてきました」と開発担当者。そんなライダー自身の実体験と開発担当者の手作業を通じたきめ細かな熱意が、細部にみてとれる。例えば、リアシャフト径はYZ250Fの25㎜に対し22㎜。スポーク径も㎜単位の調整が施され、YZ250Fより小径スポークとなってバランスを得ている。

開発ライダーの顔ぶれも実に特徴的だ。YZ250FXの担当者は4人。ともにオフロードが大好きで、かつ国内外のエンデューロでトップクラスを走ってきた実力者の顔ぶれである。その4人が、A・B・C・Dと仕様違いのマシンを相互に乗り較べながらベストな仕様を絞り込んでいった。

1人2人のフィーリングではなく、4人が同じテーマに向けて、同レベルで意見・情報交換しながら仕上げていくのだ。「こうしたオフロードが大好きな人達による徹底したこだわりがヤマハの強みだと思いますね」とは、走行実験を担当した元ヤマハMXファクトリーライダー鈴木健二の言葉だ。“オフロードのヤマハ”と言われる所以である。