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Yamaha Journey Vol.10

ヤマハMT-07に乗るオーストラリア人女性ライダー、ソーニャ・ダンカンのオーストラリア大陸内陸部一周ツーリング体験談です。

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オーストラリアの魂を求めて、女性ライダーの初挑戦

ソーニャ・ダンカン

MT-07

#02 オーストラリア:バイクに跨りエアーズロックへ、魂探求の旅
ベトゥータ - ウルル

オーストラリア内陸部アウトバックを駆け抜ける延べ8,000kmの壮大な冒険譚、第2章。人影まばらなノーザンテリトリーに突入したソーニャ・ダンカンの眼前にそびえ立つ、オーストラリアの大自然が生み出した圧巻のランドマーク。

住民は皆無。辺境の町に沈む夕陽。

ベトゥータ、クイーンズランド州、オーストラリア

荒れたオフロードに旅人が捧げる、靴の樹。

バーズビル、クイーンズランド州、オーストラリア

間近で感じる、異形の奇岩群が放つ迫力。

デビルズマーブル、ノーザンテリトリー、オーストラリア

悠久の時が刻まれた、佇む巨岩の威厳。

ウルル、ノーザンテリトリー、オーストラリア

大地を創造し生命を司る「虹蛇」

明け方のまさに日が昇ろうとしている時、この辺境の寂れた町ベトゥータで出会った唯一の”住民”ブルドッグアリをブーツの中から払い落とす。昨晩私とリチャードは廃墟となったホテルを探索し、空き部屋を見回っては、前世紀ここに滞在した人々について思いを馳せました。かつて町には駅馬車の停留所が存在したものの、最後に馬車を牽く馬がここを訪れたのは1924年。以来土地から人影が消えました。「よし、もう大丈夫!」ブルドッグアリに足を噛まれる心配はない。ブーツを履いてMT-07に跨れば、躍動感のあるエンジン音が勢いよく響き渡り、自然と嬉しさにほころぶ私の顔。向かうはこのバイクツーリング最大のハイライト「エアーズロック」。先住民アボリジニたちが「ウルル」と呼び、聖地と崇める、自然が形成した巨大な砂岩は、ユネスコ世界遺産にも登録されている屈指の景勝地の一つです。

出発すれば、そこは道路と呼ぶよりむしろ、ゴルフボールのような岩がただただ地平線へと果てなく転がっている、乾燥と灼熱の広野。昨晩は今回旅が始まって以来2度目の野宿でした。就寝前にはヨガマットを地面に広げ、壮大な群青色の天球の下、半月のポーズで身体をストレッチしてヘッドスタンドで倒立。お陰で今日は朝から手足や全身の筋肉がバイクの生み出すリズムと絶妙に調和し、ライディングがより快適に感じます。

広大な大地の中を突き進んで行くと、視界に飛び込んできたのは、古代のアボリジニ芸術家によって丘陵の側面に描かれた、赤・白・黒、3色の岩からなる「虹蛇」の壁画。強烈な存在感でそこにそびえ立ち、まるで門番のように私たちを迎え入れます。アボリジニたちにとって、虹蛇とは雨を呼び、アウトバックの水溜まりの穴に魂を吹き込むことで、人間を生み出すとされる創造主。神聖な存在です。

じきに周囲の景色は荒涼とした草原から、なだらかな砂丘へと変化します。目の前の道を最後まで走破すれば、ビッグループの残りの行程に心理的余裕を感じながら臨める筈。しかし人里から完全に孤立したこの地域で私のMT-07はピンチを迎えます。最後に給油してから既に400km近く走行しているのです。メーターのガソリン表示がEMPTYに近づきます。幸いリチャードが乗るバイクに予備のガソリン10Lを積んでいましたが、それに頼らず無事に最後まで走り終えることが出来ました。

ようやく辿り着いた、バーズビルへ!

灼熱に焼かれ、砂埃にまみれ。やっと辿り着いたのは19世紀の建造物バーズビル・ホテル。そのホテルの前に駐輪した私は意気揚々としていました。ここはかつて学生時代に仲間と訪れることを夢見ていた、オーストラリアを代表する場所。何もない荒野のど真ん中に忽然と姿を現すパブなのです。でもまさか50歳にもなってバイクで来るとは想像すらしていなかったけれど。

へんぴなこと以外で、唯一この町で自慢出来るのは毎年開かれる競馬大会。入ったバーで見上げた天井に飾られていたのは、釘打ちされた型崩れのアクブラ(オーストラリアではよく知られたカウボーイハット)。このたくさんの帽子が伝えるのは、長い間焼け付く荒廃した大地に刻み込まれた思い出。まさにオーストラリアアウトバックの魂そのものです。私たちはバイクのフロント面にバーズビルのステッカーを記念として貼り付け、町を後にした。すると旅人たちが履き潰した靴を掛けた道標、靴の樹の傍を通り過ぎました。この荒れ果てた砂利道に敬意を表して遺していったものなんでしょうね。

全長166kmにも及ぶ荒れたオフロードを走破して、再び滑らかなアスファルトの舗装道路に出会う。程なく私たちが見つけたのは、広々とした流水域を誇る河川の畔にある、理想的なキャンプサイト。乾燥し切ったアウトバック、一切雨降りに出会さないバークのような場所を訪れる新参者にとって、キングクリーク川の絶え間ない水の流れを目にすれば、思わず見惚れてしまうのは無理もありません。空腹に加えて、暑さで火照った埃まみれの体。勢いよく装具を脱ぎ捨て、迷わず川に飛び込みます。冷たく濁った水が与えてくれる爽やかな癒し。全身の筋肉は揉み解され、疲れた体に再び元気が漲ります。水から上がって、テントを設営し、就寝前にはワインを酌み交わす至福の一時。その晩味わえたのは、心地良い甘美な眠りでした。

長いワインディングロードの後には、マウントアイザで至福の一時。

小鳥のフィンチの美しいさえずりとオカメインコのなき声で目を覚ます。眼下に伸びるのは、一車線しかないアスファルトの道。マシンに体を預けコーナーを曲がる時、肥沃な大地から放たれる土の芳香を楽しむ爽快感。そのまま1時間ほど走れば、南半球を温暖気候の南部と、熱帯気候の北部に両断する南回帰線を越えます。そこから更に突き進めば、干上がった小川や、痩せ細った牛、捻じ曲がった枯木に彩られた、乾燥し切って、燃え上がる炎のように紅い灼熱の光景。

しかし景色はすぐに、巻き上げられた土埃の煙によって覆われてしまいます。全幅5m、全長50m、車重75tにも及ぶ、「ロードトレイン」と呼ばれる超巨大なトレーラー。時速100kmで私たちの横を通り過ぎる際には、周辺の空気を巻き込み、態勢を立て直す前のほんの一瞬、思わず引き寄せられそうになります。このとてつもなくパワフルな車のスケールには驚かされましたね。

マウントアイザに到着した私とリチャードは、まるで凱歌を上げる英雄のような気分でした。私にとって本来なら小さな町と感じる程度の規模なのに、アウトバックでの長く孤独な旅の後では、ここはまるで心ときめく大都会。何とリチャードは私にサプライズで最高のプレゼントを用意してくれました。ウルルへのラストスパートに向け、英気を養う2泊3日のホテル滞在。暖かいお湯が出るシャワーと、2晩思う存分摂った睡眠は最高の贅沢でしたね。再出発の際、GPSナビには「680km先で左折」とシンプルに設定。オーストラリアで最小の人口しかない準州、ノーザンテリトリーの州境を越えます。気が付けば出発してからここまで駆け抜けた走行距離は2,600km。

デビルズマーブルを散策!

見渡す限り金色に輝く草原と石炭のような黒土に覆われた、バークレーテーブルランド台地。進むに従って愛機のMT-07は周囲の自然の景色と同調していくようでした。さらには発育不良のユーカリの低木マレーが、官能的で野性味のある芳香を漂わせる森林植生を抜け出し、テナントクリークで一晩キャンプ。翌朝出発して、カールカール自然環境保全地域に到着。鋭く差し込む柔らかい日差しに照らし出される、途方もなく巨大で丸い花崗岩。17億年にも渡る地質学的活動によって形成されたこのデビルズマーブルは、まるで巨人族がついこの前まで積木遊びに興じていたかのよう。それぞれの巨礫がギリギリ保たれたバランスの上に積み上げられています。厳しい規制を敷いて、この土地を管理するのは、アボリジニのワルムング族。なぜなら昔ながらの伝統に則り生きる生粋の原住民たちが、今でもここに来て神聖な儀式を執り行っているからです。その天地創造神話の再現が秘める、偉大なる霊的パワーがここに。私は14歳の時学校の課題で、ここの地域について研究しました。その場所に今自分が立っているなんて大興奮ですよ!

そこで数時間過ごすと、私はMT-07に素早く跨り、幸せな気分でその地を後にしました。特別な進入許可が必要な原住民の居留地へと繋がる入り口には目もくれず。今なお4万年もの永きに渡る伝統を守り、現地でひっそり暮らすアボリジニのコミュニティの平静と幸福を尊重すれば、彼らの邪魔をしたくはないですからね。

強い横風が大きく開けた平野を吹き抜ける。私はパワフルなバイクの力に頼り、勢いよく塵旋風の中を駆け抜けて行く。突風が吹き一瞬にして風向きが変わろうとも、シートに跨った私を不安にさせるものは何もない。自在に乗りこなしながら、気付けばもうアリススプリングスへと到着。砂漠のど真ん中に位置し、アウトバックではよく知られた場所です。ここで話されるオーストラリアの固有言語は6種類。たったの2日間で私たちが走破した道のりは、驚くことに1,600kmにも達していました。

神秘の旅の頂点へ、荘厳なるエアーズロック

鮮やかな紺碧の空が頭上に広がり、辺り一面の空気は、まるで水晶のように澄み切っている。私たちは颯爽とスチュアートハイウェイに乗って走り出します。花が咲き誇るアカシアの木々、壮麗な真紅の花崗岩が切り立つ絶壁、畜牛が放牧された広大な牧場。まるで太古の昔とまるで変わらぬ自然の原風景の中を駆け抜けているよう。

突然、視界全体を覆ったのは、神秘的な鮮紅色をした横に長い側壁。ウルルだ!その瞬間心の中に生じた、この神聖な存在に対する強烈な憧憬に圧倒されます。自分自身が、雄大な時空間の流れの中で、偶然漂う小さな一点に過ぎないような感覚。そして今回のMT-07で巡るツーリングに対して感傷的な気分が湧き上がってきました。思い起こせば、ちょうど今日から半年前、私のことをどんな時も常に見守っていてくれた、姉のスージーが天に召されました。私たちは姉妹であると同時に、親友と呼び合えるほど大の仲良し。いつも一緒でした。この旅を、彼女の喜びに満ち溢れた生涯に捧げようと出発した動機を思い出します。バーズビルの荒れたオフロード、また暗闇が差し迫る夕暮れ時、いつも彼女の優しい声が耳にこだまする。「ゆっくり進めば良いじゃない。」「リラックスして気楽に前を向けば良いのよ。」思えば、このツーリングが始まってからずっと、守護天使のように私を見守っていてくれたんですね。

バイクを停めて眺める、ウルルに沈み、消え行く夕陽。オーストラリアのど真ん中に佇む私。今この瞬間、私を中心に宇宙が広がっているように感じる。巨大な一枚岩に夜の帳が降り、静かに燃え上がる感情。もう数時間もしたら目を覚まし、ウルルに昇る日の出の瞬間に立ち会わなければ。精神の覚醒を体験するために。

その晩、あるポーランド人女性ライダーに出会いました。バイクに跨ることで目の前に現れた全く新しい世界。私の燃え上がる情熱に共感してくれた彼女が、これまでバイクに跨り駆け抜けてきたのは、アメリカ合衆国、南米、イタリア、東欧、果ては中東に至るまで。一度はスパイクタイヤを履いて氷上の世界も走破したそうです。彼女の信じられないような体験談が私に与える強烈なインスピレーション。私もそんな挑戦的な長距離ツーリングに出掛けてみたい!目の前で軽々とマシンを操る姿を見せてくれた後、去り際に残した彼女の一言。「愛らしい貴女、いつまでも共に乗り続けましょうね!」私の魂には火が点きました。

日が昇る前、私はMT-07に跨り、この巨大な剥き出しの堆積岩の全景を見渡せる、絶好の眺望地点を目指しリチャードと共に道を急ぎます。太陽は燦然と輝きながら昇って行く。巨岩はその力強い光を浴び、暗いダークブラウン色から鮮やかな赤黄土色へと幻想的に変化。まるで私たちが目にしている岩、木、茂みの全てが、これまで見聞きしてきたアボリジニの”夢”に纏わる創造神話に出てくる生き物たちによって生み出されたようです。目に映るのは、今までとは全く違う世界の景色。その時、私の傍にスージーの気配を感じ、この場所にも”一緒に”来ることが出来て、本当に嬉しく思えたのです。


ソーニャ・ダンカン

二人の娘を持つ母。自ら設立した環境マネジメントコンサルタント会社の経営者であり、熱烈なバイク愛好家。本格的にスポーツバイクに乗り始めたのは2015年4月からだが、総走行距離8,000kmに及ぶオーストラリア内陸部一周ツーリングを成し遂げた。現在南アメリカ最南端のチリからカナダのニューファンドランド島を経てアラスカに至る、次の長距離ツーリングを計画中。

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