Open Nav

< BACK

車両実験 小島 儀隆

技術論議に、
立場や年齢は関係ない。

Personal Data
1985年入社。製造部門、自動車エンジンの先行開発を経験した後、初代R1をはじめ数多くの機種の操縦安定性実験に携わりヤマハハンドリングを創出。
現在は、車体実験のプロジェクトチーフを務める。

何に挑んだか

乗り手と場所を選ばない魅力の創出。

私たち車両実験担当は、いわば料理人です。素材をつくるのは設計担当。いくら良い素材を与えられても、料理をしくじったら不味いものにしかなりません。素材をさらに美味しくできるかは、私たちの腕次第なんです。


今回のプロジェクトで目指したのは、乗り手と場所を選ばない魅力の創出。バイクに乗り慣れている人にだけ「いいね」と言ってもらえても、その逆でもいけない。また、日本、欧州、米国など、すべての地域の人に楽しさを感じていただける絶妙な味つけをする必要がある。言葉にするのは簡単ですが、非常に難度の高い目標です。

ヤマハ伝統の風土を復活させたい。

逆にいえば、それだけやりがいの大きなモデル。その開発を通じて、ヤマハ伝統のモノ創りと風土を復活させ、次世代の技術者たちに継承していきたいと考えました。


私は「MT-07」の開発チームの中では一番の古株です。車両実験に携わり始めたのは日本にバイクブームが巻き起こっていた1980年代。当時と比べると、最近みんなサラッとしているなと。「もっと楽しいバイクにしよう」という情熱が薄い。もちろん、昔がすべてよかったとは言いません。ただ、これまでにない新しいモノをつくろうとしたら、苦労があって当然なんです。簡単にあきらめない、へこたれない、下を向かない、そういうがんばりも必要だよ、という雰囲気づくりやチームワークづくり。それが先輩技術者として目指した、もう一つのテーマです。

MT-07

どう乗り越えたか

あえて教えない。信頼して、待つ。

実現を目指した「乗り手と場所を選ばない魅力の創出」というテーマは、ヤマハの歴史の中でも最も難しいものだったと思います。しかも、与えられた開発期間も短かった。その中であえて私が心がけたのは、車両実験の後輩たちに「教えない」ことでした。


開発のスピードだけを考えれば、私自身が乗って開発評価に帯同し、後輩が悩んでいたらすぐに答えを教えたりした方が効率的です。しかし、それでは後輩が育たず、会社の未来と実験技術の継承につながりません。後輩たちも「自分で考え困難から脱出できた」という達成感が得られません。


教えるのではなく、ヒントだけ与える。悩んで考えてもらう。どうしてもわからないとなったら、話を聞いてアドバイスする。手放しで任せるというより、気持ちの上でのつながりだけ維持して、信頼して待つことを意識しました。

向き合って、目を見て、話をする。

「MT-07」プロジェクトは、デザイン、電装・制御設計、エンジン設計、生産技術、そして私たち実験など各部門間の距離を、これまでよりぐっと縮めたプロジェクトでもあったと思います。


開発目標と開発期間を知ったとき、どの部門の担当者も「普通のやり方では実現できない」と直感的に思ったのではないでしょうか。メンバーの誰もが「会って話す」ことを大切にしていました。電話やメールで済ますこともできるけど、直接向き合って、目を見て、話をする。仰々しい会議とかではなく、お茶を飲みながら雑談するような機会も積極的に設けていました。そうすることで、次々に浮上する課題をぽんぽん解決していけたのです。実はこのようなスタイルも、私が復活させたいと考えていたヤマハ発動機の伝統的風土でした。

制御・電装設計 渋谷 博

ここでプロジェクトメンバーから一言

渋谷 博(制御・電装設計)

このプロジェクトで「とりあえず会って話そうぜ」という考え方を身につけられたのは、私にとって大きな収穫でした。メールや電話で済まそうとして抜け落ちていることの多さに気づきました。今も大切にしている考え方です。

MT-07

今後、叶えたいこと

自主的に、積極的に、提案してほしい。

たとえば設計担当が10種類のテストパーツをつくり、後輩が走行試験をしたとします。後輩から「この仕様に決めます」と報告を受けたときに、私は理由を聞きます。すると経験の浅い若手ほど「これが一番良かったから」と答えるわけです。それはわかる。でも本当にそれでいいのか、考えてほしいんですね。設計に対して「こうしたらもっと良くなる」と、自主的に、積極的に、提案できるかどうか。そこが大切なんです。


要は、根拠を持っているか、ということです。技術者ですから。設計技術者には設計技術者としての根拠があり、実験技術者には実験技術者ならではの根拠がある。お互いに根拠をぶつけ合って、技術的にケンカしてほしい。立場や年齢に差があっても、技術論だったらイコールコンディションでケンカできる。昔からヤマハ発動機にはそういう風潮があったけど、最近ちょっと弱くなっていた。でも、このプロジェクトをきっかけに、技術論をぶつけあえる人が増えてきたと思います。


「MT-07」は欧米でも日本でも、とても高い評価を得ています。結果が出たことで、携わった開発メンバーにも自信がついたはず。今はもう、みんな別のプロジェクトで活動しています。それぞれが現在携わっているプロジェクトの中で、「MT-07」開発を通じて復活させることができたヤマハ伝統の風土を拡散し、継承していってほしいですね。

「ずっと待っていたバイク。」

入社して約30年経つけど、乗り手の気持ちとして「こんなのつくれば売れるのに」とずっと思っていたバイクですよ。乗り味とか、喜びとか、楽しさとか、もちろん見た目も、すべて含めて、早くつくればよかったのにって感じさせてくれるバイク。やっとできたな、というのが一つ。


それと、開発の過程で高いハードルをみんなで協力して越えていった。製品の成熟と人の成長。そこにもすごく価値がある。つくりたいモデルを、最善のプロセスで、短い期間でつくることができた。やればできるじゃん、とみんなの自信につながったプロジェクトだったと思います。

Page Top