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社内公募クロストーク

プロフィール

ヤマハ発動機には「セルフ・バリュー・チャレンジ制度」という社内公募制度があります。毎年、さまざまなプロジェクトの要員を全社から募集する制度で、自ら成長しようとする社員に挑戦の場をつくることを目的に導入されています。この制度を実際に活用した社員に、異動前後の仕事内容や成長への手応えについて語り合ってもらいました。

漠然としていた思いが明確に

加藤

以前はIT部門で生産管理システムの開発を担当していました。モノづくりの根幹を支えるシステムを構築することにやりがいを感じていましたが、社内ユーザー向けシステムの開発経験を重ねる中で「社外に向けて何かを発信するような仕事にも携わってみたい」という漠然とした思いが芽生えてきて。

森田

視野を広げたい、という感じかな。

加藤

そうですね。そんなときにセルフ・バリュー・チャレンジ制度で広報部門が「WEB系メディアの開拓と情報発信」というテーマで公募しているのを見つけて、漠然とした思いが明確になったんです。募集要項の求められる人物像に「ヤマハブランドが好きであること」とあり、ヤマハ発動機の良いところをWEBで発信していく仕事に、「これだ!」と思い、応募しました。森田さんはどんな経緯でMOTOBOT(※1)開発への参加に至ったんですか?

森田

私は入社以来、バイクの制御開発をずっと担当してきました。エンジン制御に始まり、ブレーキ、サスペンション、ステアリングと多様な制御開発を経験させてもらいました。モデルについても、ビッグスクーター、ツアラー、スーパースポーツ、最後はヤマハ発動機のフラッグシップモデル「YZF-R1M」も担当できました。10年近くにわたって夢中で開発に取り組んできたのですが、R1Mの開発も一段落し、ふと立ち止まって考えたときに、危機感を覚えたんです。

加藤

危機感、ですか。

森田

そう、20年後、30年後にモーターサイクルがどうなっているのかをイメージしたときに、今の延長で開発に取り組んでいてよいのかと。ちょっと周りを見渡してみると、2014年頃、当時の自動車・バイク業界では、二輪・四輪の中間のような小型モビリティが登場したり、中国など各地でEVのベンチャー企業が誕生したり、AIや自動運転などの技術に注目が集まったり、大きな変化の兆しが現れていました。エンジニアとして今後、ロボティクスや自律制御などのファクターを身につけていく必要があるのではないか、と考えたんです。

加藤

そこでセルフ・バリュー・チャレンジ制度に応募したんですね。

森田

はい、「ロボティクスとモーターサイクルの融合」というテーマで募集していて、新しい分野の研究開発に取り組むことができ、さらに英語力が必要とあったので、海外の研究機関とのコラボレーションもありそうで、ちょうど自分が考えていたこととマッチしていたので応募しました。

※1 MOTOBOT
サーキットを自律走行するヒト型ロボット。別ウィンドウで開くMOTOBOTの詳細はこちら

失敗してもいいから、前のめりに転べ

加藤

応募した段階でMOTOBOT開発を担当することはわかっていたんですか?

森田

いや、まったく知らなかったんです。社内でもマル秘で進められていたプロジェクトだったから。異動して最初に「バイクを運転するヒト型ロボットをつくる」という計画を聞いたときは、まさか、と思いました。無改造のバイクをロボットに運転させて、ロッシ(※2)に勝つ。しかもそれを3年以内に実現する、という目標設定でした。今でこそ形になっていますが、当時はどんな形にするのかも決まっていない。ゼロからのスタート。「すごいところにきちゃったな」と冷や汗が出ました。

加藤

そうだったんですね(笑)。

森田

でも印象的だったのは、西城さん(※3)に「失敗してもいいから、前のめりに転べ」と言われたこと。自信をなくして、先に進めなくなるような失敗ではなく、次につながる転び方をしろ、という意味です。この言葉は、私の中で大きかった。

加藤

ゼロから、というのは私も同じでした。異動した当初、ヤマハ発動機の広報部門ではWEB系メディアとのコミュニケーションがまったくなかったんです。そこを開拓していくことがテーマだったのですが、ある程度の戦略や計画は既にあって、そのもとで開拓を実践していくものと想像していました。しかし実際には戦略や計画から自分たちで立案する必要があって――つまり「やり方は任せます」という形だったので「何から手をつけたら」と最初は少し戸惑いました。

森田

一人ひとりに任せる風土がヤマハ発動機にはありますよね。どうやって前に進めたんですか?

加藤

そもそもWEB系メディアの開拓が必要になった理由は、若年層が新聞や雑誌を読まなくなったからです。まずは若年層がどんなメディアを見るのかを調査し、発信力の強いメディアや、ヤマハ発動機と親和性のあるメディアをリストアップしました。次に考えたのは、そのメディアの方々といかにして接点を持つか。メディア向けのイベントを開いたり、知り合ったメディアの方から別のメディアの方を紹介していただいたりして人脈を広げていきました。また、メディア企業を訪問して製品を見ていただき、ヤマハ発動機への理解を深めてもらうこともありました。

森田

アプローチしたのはクルマ・バイク系のメディア?

加藤

若者のクルマ離れやバイク離れが進んでいるといわれていたので、クルマ・バイク系のメディアだけでなく、ライフスタイル系や面白ネタ系メディアへのアプローチを強めました。また、ブロガーがメディアとして強くなってきた頃なので、ブロガー向けイベントにも力を入れたりして、ヤマハ発動機の情報にふれる人の幅を広げることに努めました。

※2 ロッシ
バレンティーノ・ロッシ。ヤマハに所属する世界トップクラスのライダー。

※3 西城さん
西城洋志。MOTOBOT開発のプロジェクトマネージャー。ワンテーマ・インタビューに登場しています。

ゼロから成果を積み上げる、やりがい

加藤

MOTOBOT開発の中で、森田さんはどんな役割を担っていたんですか?

森田

MOTOBOT開発はオープンイノベーションを採用していて、シリコンバレーの研究機関との協業で進めました。その中で私の役割は、MOTOBOTに使えそうなヤマハ発動機の技術をかき集めて、開発の主戦場であるシリコンバレーに持ち込むこと。ただ、そういった技術的な仕事は全体の2割ぐらいでしたね。

加藤

えっ、あとの8割は?

森田

「企画」です。その内容も大きく2つに分かれます。MOTOBOTで得た技術をどう活用するかという将来的なものと、2017年に東京モーターショーで成果を発表するまでのMOTOBOTプロジェクト自体の企画です。経験してわかったことなのですが、企画というのは、つまり「何でも屋」です(笑)。主役は現場で常に研究開発をしているエンジニアですが、彼らが研究開発に集中できるよう、それ以外の業務は何でもやる気概をもってやってきました。しかし、元々100%技術者ですので、最初からそう思えたわけではなく、ジレンマに感じることも多々ありました。当時の上司の中村成也さんから、企画屋はプロジェクトの目標達成に向けて必要なことはすべてやる。プロジェクトのスタート(企画)からゴール(目標達成)まで、すべてのステージで関連する専門分野の方々と協働して、実行していく人だと教えられました。具体的には、プランニングもそうですが、予算獲得のための経営層への報告・説明、それから広報に関する仕事にも携わりました。配信する動画(※4)をどのような内容にするかも、プロの方と一緒に考えたんですよ。このプロジェクトのメインの目的は、ヒト型ロボットにサーキットを自律走行させること自体ではなく、その先にあります。チャレンジングな取り組みを通じて、新事業や既存事業に活用できる気づきやノウハウを獲得していくこと。そのための企画を立て、実行する、というのが、私の役割として大きかったですね。

加藤

必要なことは何でもする、というのは、私たちの仕事にも共通していると思います。どのメディアを開拓するか、どうやってアプローチするか、などを自分で企画して、各部署との交渉やモノ・ヒトの手配、おカネの管理まで、トータルに携わるというのは初めての経験でした。大きな成長の機会になったと実感しています。

森田

私も自ら企画して取り組むことの醍醐味に気づけました。確かに大変ですが、自分次第で仕事の幅を広げることができるし、苦労がアウトプットに直結する手応えもうれしい。そのアウトプットについても、MOTOBOTプロジェクトはとてもチャレンジングな取り組みだから、何が出るか、どう化けるか、わからないという面白さがあります。

加藤

醍醐味といえば、私もゼロから取り組めたのが、今振り返るとよかったと感じています。自分の取り組みによって積み上げられた成果が、はっきり見えますから。これまで取り上げられたことのないメディアにヤマハ発動機関連の記事がたくさん出るようになるなど、目に見えて成果が上がっていくのを実感できて、やりがいがありました。

※4 動画
別ウィンドウで開く「The Story Behind the MOTOBOT Project」のページで公開されています。動画では森田本人も登場しています。

いかにブランド価値向上につなげるか

加藤

新たなメディアを開拓して、記事が掲載されるようになって、という積み重ねで、ヤマハ発動機の情報をより幅広い層に届けられるようになったのは、大きな成果だと自負しています。新聞・雑誌を読まない若い年代にもアプローチできるようになりました。

森田

取り組みをより多くの人に伝えることは、私も大切だと考えています。これまでヤマハ発動機にふれる機会の無かった人に伝えることができれば、それによって新たなビジネスチャンスや優秀な人材を獲得することもできます。MOTOBOTは2015年の東京モーターショーで発表して以来、世界中のメディアで4,500件もの記事になったんですよ。

加藤

その数字はすごいですね。確かにMOTOBOTについては、私たち広報部門にもかなり多くの問い合わせがありました。

森田

MOTOBOTの動画も、ヤマハ発動機のさまざまな動画の中でも歴代上位に入るほどの回数で再生されています。国内外問わず、多くの方々にヤマハ発動機のチャレンジする姿勢が伝わり、「応援したい」と感じていただけたからだと思います。「感動創造企業」という企業目的につながるブランド価値向上に貢献できたことは、プロジェクトを通じてうれしかったことの一つですね。

加藤

私は現在、マリン事業の広報を担当しています。事業の担当として役割は変わりましたが、情報発信を通じていかにブランド価値向上につなげるか、という基本は変わりません。今は国内向けの業務が中心。今後は世界中に情報発信するような仕事もしていきたいと考えています。

森田

私は現在もMOTOBOTを担当していて、まだ発表できないような新たな企画も進んでいます。今後も大切にしていきたいのは、発想力。異動前は限界を自分で決めてしまっていたように思います。しかしMOTOBOTの企画・開発を経験した今、人が聞いたら「なぜそんなことを」「ありえないでしょ」「非現実的だよね」と思うようなことでも、「やってみなくてはわからない」と考えられるようになりました。製品に限らず、サービスや仕組みも含めて、人々の暮らしを変えるようなイノベーティブなモノやコトを発想し、実現していけたらと考えています。

加藤と森田

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