ヤマハ発動機のマリン事業は2021年に売上高3911億円、営業利益は768億円となり、過去最高益を達成しました。これは全社売上高の約22%、営業利益では約42%を占めており、同社を支える主力部門の一つとしてさらなる成長が期待されています。
そこで今回は、学生時代からヤマハ発動機のマリン事業と関わりがあり、他社を経て2021年に入社したブランドマーケティング部の若原強さんが聞き手となり、マーケティング統括部の高柳和広さん、開発統括部の伊藤誠さんに事業の将来性や一緒に働きたい人材像などについてお聞きしました。
ブランドマーケティング部
マーケティング統括部 DX推進部
電動システム開発部
若原さん(以下、若原) もともとは日本の漁業向けの船外機と、レース向けのFRPモーターボートという形で別々に始まったマリン事業ですが、その後は業務・プレジャーの用途を問わず、全世界の水辺へと事業進出し、さらにはシースタイルなどのシェアリングエコノミーにまで事業を展開してきたのがヤマハ発動機のマリン事業です。今日は採用文脈でのインタビューということで、そのマリン事業のこれから、ということをいろいろ伺ってみたいと思います。2022年から24年までの「新中期経営計画」の中で事業方針として謳っているのが、「『マリン版CASE』戦略の推進による、提供価値拡⼤と⾼収益体質の維持・強化」です。
「CASE」(Connected:コネクテッド、Autonomous:自動化、Shared & Service:シェアリング&サービス、Electric:電動化)というキーワードは自動車文脈で語られている場面にはなじみがある人も多いと思うんですよ。これをマリン文脈で捉えたときに、前提や要件、そして結果はどう異なってくるのでしょうか。
伊藤さん(以下、伊藤) 「CASE」のうち、私の部門に大きく関係するのは「A(自動化)」と「E(電動化)」です。船と車では得られる価値が違ってきます。
まず、自動化によって得られる価値について。例えば、自動車はブレーキを掛ければ止まりますが、船の場合はそもそもブレーキがありません。よって、釣りをしたい場所にピンポイントで止まることや、流し釣りのための船の操作を自動化するなど、単純に目的地に自動で行くだけでなく、さまざまなシーンや目的に合わせて船を自動で動かす事がマリンにおけるAの価値になります。
近年、車のトレンドとして自動運転化に伴い、車内エンターテインメントを増やす動きがあります。船の場合は乗っていること自体がエンターテインメントであり、釣りや漁業、マリンアクティビティなどの目的が存在しているため、そこを生かすという考え方で技術開発に取り組んでいます。
「E」の電動化による価値は静粛性です。エンジンの振動やノイズは魚を逃がす要因になるため、もともと消費者からの要望は高く、私たちが注力してきたポイントです。静かであることは、車よりもニーズが高いように感じますね。
若原 なるほど。やはり船と車というのはそもそもの構造も違えば、乗る場所、乗る目的も違うので、同じCASEというキーワードでも要件がこんなに違ってくるというのは大変面白いですね。では、そうした要件を踏まえて開発した製品例を紹介していただけますか。
伊藤 自動化では20年に次世代操船制御システム「ヘルムマスターEX」を、電動化では21年にヤマハ発動機初の電動船外機「HARMO(ハルモ)」を発売しました。両者を組み合わせて使えるようシステムの整合性も図っています。
ヘルムマスターEX
操船をより簡単に、より楽しくする「次世代操船制御システム」。統合されたボート制御システムにより、目的地に自動で向かったり離着岸時にジョイスティック一本で正確なボートの操船が可能になる。
HARMO(ハルモ)
電動モーターを動力とする推進器ユニットと、動作を制御するリモートコントロールボックス、直感的な操作を可能とするジョイスティックなどで構成された「次世代操船システムプラットフォーム」。電動ならではの静粛性により、乗船者がさらに快適に過ごすことができるスマートパッケージボートの提供を目指して開発された。
若原 ありがとうございます。続いて「C(コネクテッド)」と「S(シェアード&サービス)」の話を高柳さんにお聞きします。これも、陸と海の対比も含めてお話を伺ってみたいと思います。
高柳さん(以下、高柳) コネクテッドにおけるキーワードは「安心・安全」これはヤマハ発動機のマリン事業におけるキーワードでもあります。
例えば、「エンジンが掛からない」という大きなトラブルの場合、海上では最悪のケースでは漂流・遭難してしまいます。実際には漂流につながるようなトラブルに見舞われることはまれなのですが、簡単に復旧できる小さなトラブルや単なる操作ミスであっても、万が一のリスクがあるためお客さまへの心理的な負担はとても大きい。だからこそ、メンテナンストラッキングやモニタリングサービスを通じて信頼と安心を提供することに、より一層の価値があると考えています。
また、海には道がなく、底も見えないので、気付かずに浅瀬に侵入して座礁してしまう、というような小さなトラブルは、たとえベテラン船長ですら無縁ではありません。今後増えていくと想定されるシェアード&サービス型のビジネスでは、売り切り型のビジネスと比べ、顧客層における初心者の割合が増えることが想定され、今のままではトラブルも増えてしまいます。当社が展開している会員制ボートレンタル事業「シースタイル」において、操船初心者の方でも事故なく1日を楽しめるように、操船者の安全判断をサポートするようなデジタルサービスの開発を進めています。
ヤマハマリンクラブ・シースタイル
全国約140ヶ所のホームマリーナで展開している会員制レンタルボートサービス。「クルージング向き」「フィッシング向き」「トーイング向き」「スポーツボート」「ウェーブランナー」と、遊びで選べるさまざまなタイプのボートをラインナップ。リーズナブルな月会費と毎回の利用料だけで、常にメンテナンスの行き届いたボートのレンタルが可能。
若原 マリンアクティビティは楽しみ方が多様な一方、海ならではの危険や操船の難しさなど陸にはないハードルがたくさん存在している。だからこそ、「マリン版CASE」はこれからさらに重要性を増していくし、やりがいもあるということですね。
また、同じCASEでも陸と海でこんなに違う、というお二人の話を聞いて、ヤマハ発動機は陸・海・空のさまざまなモビリティを扱っているので、CASEのような新しい流れにおいても、陸・海・空それぞれで多様なトライ&エラーが蓄積されているのではないかと思いました。失敗は成功のもと、とも言いますが、その多様な蓄積は、今後の新たなテクノロジーやニーズの変化に対応する資産になっていくとも言えそうです。「マリン版CASE」に取り組む意義は、会社全体としても非常に大きいものであると感じました。
マリン事業の将来という視点でもう一つ聞きたいのが、今後のマリンレジャーの普及についてです。日本ではまだまだ敷居が高いマリンレジャーをこれからどのように広げていきたいか、それぞれの考えを聞かせてください。
伊藤 マリンレジャーはやっぱり楽しいものですから、そこに触れるための壁や障害をできるだけ取り除き、敷居を下げることが、結果的にマリン人口を増やすことにつながってくる。その手段が「マリン版CASE」戦略であって、今の私たちの役割なのだと考えています。
高柳 マリンレジャーの魅力は「手に届く非日常体験」。水の上といういつも違う環境での体験は、誰でもその気になれば楽しめることを伝えていきたいですね。
日本だとボートは高級品であり、マリンレジャーはお金持ちが楽しむもの、というのが一般のイメージだと思いますが、例えば「シースタイル」の会員さまの多くはごく普通の会社員なんです。なので、一般にある敷居が高いイメージをできるだけ下げて、自分でも楽しめるものなんだ!だったらやってみよう!と思っていただけるようなものにしたい。そのために、シースタイルも単なるレンタルボートではなく、釣りやマリンスポーツなどのアクティビティを前面に出すようなアプローチをしながら、マリンへの入り口を広げていこうと試行錯誤しています。
若原 実は、私は学生時代にインターンシップで当社のマリン事業本部にお世話になり、浜名湖で本当に楽しいマリンアクティビティ体験をしました。その時に感じたのは、自分がそれまでなじみがなかったマリンレジャーの世界にはこんなにも楽しいことが詰まっているのかということです。マリンレジャーはシンプルに楽しい。その根幹を多くの人に知ってもらうことが重要ですね。
高柳 「楽しい」には自信がありますし、お客さまに「楽しい」と思ってもらえることが、私たちにとって何よりもうれしいことです。それがヤマハ発動機という企業であり、「感動創造企業」のあるべき姿だと考えています。
若原 入社以来マリン事業本部に所属しているお二人が日頃感じている、職場としてのマリン事業の魅力について聞かせてください。
高柳 マリン事業本部に限らず、ヤマハ発動機全体に言えることですが、人を大切にしていて、一人ひとりが個性を生かしながら働ける会社だと感じています。若手の意見であってもアイデアが良ければ取り上げてもらえますし、結果、それが会社の施策に反映されることも。「それいいね、やってみようよ!」という言葉を、立場を問わず掛け合える風土があります。
伊藤 「ヘルムマスターEX」はまさにそうした社風が生かされた製品です。実は、企画を発案したのはエンジニアである私なんです。企業の製品・商品は一般的に商品企画部が考えて、開発部が実現するという流れで進められますが、ヤマハ発動機はいい意味でそこの境界線がはっきりしていません。開発者でも「こういう製品を作りたい」と提案でき、市場に受け入れられそうであれば、製品化につながることもあります。個々の裁量権が広いのは完成品メーカーならではの特徴ではないでしょうか。
やはり、自分が企画した製品への思い入れは強く、それが市場で「いいね」と言われるのは非常にうれしいものです。そういうところが、やりがいにもつながっています。
高柳 マリン事業本部は、ヤマハ発動機の中でもそういった傾向が強いかもしれません。開発から製造、営業までが一つの事業本部としてまとまっているので、距離が近く、会話がしやすい。開発が営業にアイデアを持ってきて、そのエッセンスを取り入れて営業がお客さまに提案するようなことも日常的にあります。マリン事業本部は伝統的に、皆で一つの船に乗っているような感覚で仕事をしているところがありますね。
若原 ありがとうございます。最後に転職を検討している方に向けてメッセージをお願いします。
伊藤 私を含めてマリン事業本部で働く多くの社員が、入社前まで海との関わり合いがほとんどないという状態からこの仕事に就いています。
マリン人口の裾野を広げるには、マリンの初心者がどこに壁を感じているのかを知る必要があり、マリンになじみが薄い人の方が消費者ニーズに気付けるということもあります。新しいことを学んだり、覚えたりすることに挑戦できれば、誰でも活躍できます。興味を抱かれた方はちゅうちょせずに飛び込んできてください。
高柳 僕はもともと釣り好きなのですが、ヤマハ発動機に入社した動機はモノ創りに関わりたいという思いから。たまたまマリン事業本部に配属され、今に至っています。これまで自身が携わってきたサプライチェーンマネジメントの最適化などは、マリン事業でなくてもさまざまな事業でやっていることであり、釣りやマリンの知識がなければできない仕事をしてきたわけではありません。ですので、業務視点ではむしろ、マリン業界の外の知識・経験を持っている方にこそ入社いただき、私たちに足りない視点や知識を補ってほしいという思いが強いです。
ただ、私たちは「感動創造企業」です。自社が提供する価値・サービスを理解するために、自分自身でも楽しんでみようとする人の方が当社との相性は良いので、私たちと一緒に海遊びを楽しんでもらえる人に、ぜひ来ていただきたいですね。
若原 必ずしもマリンの仕事になじみがある必要はなく、マリンアクティビティを自ら積極的に楽しめる感覚があれば、その楽しさを皆さんに伝えていきたいというモチベーションで、いろいろな仕事ができるということですね。そんな素養をお持ちの方々との新たな出会いを私も楽しみにしています。
マリン事業の右肩上がりの業績をもたらしているのは、「マリンレジャーの楽しさを、より多くの人に伝えたい」という「感動創造企業」ならではの純粋かつ熱い思い。社員一人ひとりが「楽しむ」ことを本当に大切にしている様子がお話から伺えました。ヤマハ発動機の「マリン版CASE」戦略が今後どういった製品やサービスを生み、業界をけん引していくのか。日本のマリンレジャーの世界にどんな大きな変化が起こるのか、楽しみです。