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C・リード、AMAスーパークロスで2度目のチャンピオンを獲得!

C・リード、AMAスーパークロスで2度目のチャンピオンを獲得! 2008年5月23日
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 アメリカで7年間にわたりレース活動を行なってきたチャド・リードは、コースの内外で多くの浮き沈みを経験をしてきた。しかしそのなかでも常にヤマハとともにあり、ヤマハもリードとの関係を維持し続けた。2002年のデビュー・シーズンにはAMAスーパークロス東地区125ccでチャンピオンを獲得。2003年にはスーパークロス世界選手権、2004年にはAMAスーパークロスでそれぞれチャンピオンに輝き、YZ250とYZ450Fを駆り数々の勝利をおさめてきた。
 そして今シーズン、ついにAMAスーパークロスで2度目のタイトルを獲得。同時に優勝回数の記録でジェレミー・マクグラス、リッキー・カーマイケルに続く3番手に浮上した。

多くのライバルと戦いながら、同時に怪我などの苦しみもありました。そうした意味で、今シーズンは過去とどこが違っていたと思いますか?

今シーズンは特別の感慨がある。長い戦いのなかで、よいこともあったが悪いことにも何度もぶつかったからだ。オフシーズンの間にしっかり宿題をやって力を蓄えて、やる気満々で新しい戦いに臨んだ。ニューマシンは以前よりもずっと競争力が上がっていて、YZ450Fはまったく問題がなかった。グラント・ラングストンがアウトドアのAMAモトクロスで優勝し、USオープン選手権にも出場。僕はベルシーで優勝、そしてAMAスーパークロスでチャンピオンになった。このマシンはこんなにたくさん勝っているんだ。ラスベガスの最終戦もどうしても勝ちくて、それを実現して2008年を終えることができたのは最高にうれしい。ここまでの間にいくつも山を越え、怪我をして、そしてチャンピオンになったんだから、とても清々しい気分だよ。

今シーズンのなかで最もよかったレースはどこですか?

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ライディングのフィーリングという意味ではインディアナ・ポリスがよかったと思う。あのときは圧倒的な勝利を挙げることができた。ホールショットから後続を引き離し、気持ちよく、力強く乗れていた。僕がコースをデザインしたのでよくわかっていたし、確かにフィーリングがぴったりと合っていたんだ。ダートは難しかったが、総合的にしっかり走れたレースだったと思う。

デトロイトでの怪我の影響は?

あのときの怪我の状況を尋ねた人たちは、あとでみな後悔していたようだよ…。何しろひどかったからね。僕自身、本当に怖い思いをした。大量に出血し、肩甲骨を骨折して病院に行ったら、いろいろな器具を付けられて検査をした。とても苦しかった。今は大分いいけれど、やっぱりレースのときには気をつけなければならない。そして過去の経験をそこで生かすというわけだ…。残念ながら以前にも肩甲骨を骨折したことがあって、最初の2週間が非常に重要だということがわかっていたんだ。それが過ぎると少しずつ強さを取り戻すことができる。

タイムマシンに乗って2002年に戻ることができるとしたら、その当時の自分に何をアドバイスしますか?

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何がいえる? 何もいえないよ。何も変えることはできない。これまでにいろいろな素晴らしい経験をしてきたけれど、同時に人生最悪のことにも向き合わなければならなかった。短期間に非常に多くのことを学んだと思っているんだ。たとえばヨーロッパでの生活を1年、それからアメリカへ来て7年が過ぎた。それでもまだ26歳。考えてみれば大変な経験だ。僕はモーターサイクル・レースをするために、そして世界のトップになるためにここへやって来た。そしてそれを実現したのだから、顔を上げて、胸を張って誇ることができる。

2008年型YZ450Fは、どのようなところが昨年のマシンと比べてよかったのですか?

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ヤマハがアルミ製フレームを初めて採用したときには、マシンの剛性に慣れていかなければならなかった。YZ250Fで活躍していた2003年には、確かなフィーリングをつかむのに苦労していたんだ。今シーズンは材料の変更などで剛性が変わっていて、僕らは2005年から今までの間にたくさんのことを学んだよ。とにかくマシンがよく走ってくれたので、コーナーやフープスで自信を持てるようになり、それからはまた別の部分の改良に取り組むことができるようになった。ここが最も大きな変化で、コーナリングとハンドリングに集中することができた。エンジンは常に素晴らしかった。4ストローク・エンジンを採用したのはヤマハが最初で、それからずっと最高の性能を維持し続けた。このオフシーズンにはエンジンのテストはせずに、パイプ周りを変更しただけで十分だった。これが僕のエンジンテスト(笑)! コーナリングとハンドリングについての目標は達成できたので、シーズンインに当たってエンジン・テストに進んだ。2008年型マシンは、とてもありがたい贈り物だったんだ。

アメリカへ来て以来ずっとヤマハにいます。関係はどのような感じですか?

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ヤマハとの関係はとても良好。 この「関係」には相互的な意味があって、まずそれぞれを自覚し、それから互いを尊敬するということ。2003年と2004年は最高のバイクを与えてもらって、何度も優勝し、2003年にはスーパークロス世界選手権のチャンピオンを獲得。でもルーキーとしてのミスもいくつかあって、その年はAMAのタイトルを逃すことになった。2004年を迎えるにあたり、どうしても勝ちたいという気持ちが強くなっていたこともあって、すべてが思い通りにうまくできて、チャンピオンを獲得することができた。そのあとは大変なことにも遭遇して苦しい状況が続いたが、その度にキース・マッカーティと話し合い、困難を乗り越えてきた。

将来の計画を教えてください。

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来シーズンはまだずっと先だが、それまでにやらなければならないことがたくさんあるよ。モチベーションは常に高く、マシンのフィーリングはいいし、ライディングをエンジョイできる。でも先のことは誰にもわからない。車のレースにも興味があって、アメリカか故郷のオーストラリアかはわからないけれど、必ずいつかはやってみたい。今の僕は準備万端で、元気でハッピー。そして最後にはナショナルにも出場して、僕のグリーン&ゴールドのカラーリングを見せたいんだ。


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