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ヤマハ、世界グランプリ最高峰クラスで通算200勝を達成!

2013年10月28日

 2013年10月27日の午後、ツインリンクもてぎで開催された日本GPのチェッカーフラッグが振り下ろされた瞬間、J・ロレンソの優勝とともに、ヤマハの世界グランプリ最高峰クラスの通算200勝目が実現した。
 この記録達成に大きく貢献したのが、ロレンソとそのチームメイト、V・ロッシ。150勝目を達成した2007年以降の50勝中、49勝を挙げたのがこのふたり。残りの1勝は当時の「ヤマハ・ファクトリー・レーシング」のライダー、B・スピースによるもの。
 この偉大な記録の歴史は1972年に遡る。イギリスのC・モーティマーが、現在のモトGPクラスに当たる500ccクラスにおける初めてのウイナーで、以来、200勝を達成したのはヤマハの他には1メーカーだけとなる。
 伝説のライダー、G・アゴスティーニも重要な役割を担っており、1970年代に500ccクラスで6勝。アゴスティーニのあとには3人のアメリカ人ライダー、K・ロバーツ、E・ローソン、W・レイニーが活躍し、次々に記録を更新していった。
 ロバーツはひざを路面に擦りつけるワイルドなライディング・スタイルのパイオニアで、1978年から1980年まで3年連続で500ccクラスチャンピオンを獲得。ローソンがこれに続き、合計26勝とともに1984年、1986年、1988年と3つのタイトルを獲得。レイニーは全24勝で、1990年から1992年まで3年連続チャンピオンを獲得。しかし1992年に起きた転倒事故で、そのキャリアに終止符を打った。
 このあと再び、ヨーロッパのライダーが活躍するようになり、イタリアのL・カダローラとM・ビアッジが台頭。ビアッジは当時のライバル、ロッシに対し、8勝を挙げる健闘をみせた。
 そして2004年、ヤマハのピットにV・ロッシがやって来た。今日も続くYZR-M1との良好な関係は、このときすでにでき上がっていたのだ。以来、驚くほど数々の成功をおさめ、世界中のファンの心を惹きつけてきた。2007年までに28回のモトGP優勝。同時にアッセンTTにおけるヤマハの150回目の優勝も果たしている。
 2008年になると、才能あふれるもうひとりのライダーがヤマハに加わった。J・ロレンソだ。ロッシ、ロレンソのペアはそれからさらに30勝を重ね、ふたつの世界タイトルをヤマハにもたらした。


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辻 幸一談(ヤマハ発動機モータースポーツ開発部門ゼネラル・マネジャー):
 「本日、ここもてぎにおいて、このような素晴らしい記録達成の瞬間に立ち会えたことを誇りに思い、非常にうれしく思っている。ホルヘは完璧な走りで勝利を成し遂げ、1972年以来続いてきた長い成功の歴史を、さらに先へとつないでくれた。ヤマハのホームレースである日本GPで実現できたことも格別の喜びだ」

リン・ジャービス談(ヤマハ・モーター・レーシング・マネージングディレクター):
 「ヤマハのホームレース、日本GPでホルヘがあのような見事なパフォーマンスをみせ、グランプリ200勝目を達成できたことは非常に素晴らしいことだ。彼はライバルたちから激しいプレッシャーを受けながら、レースウイークを制し、決勝でも圧倒的な強さをみせて完勝した。すべてのライダー、すべてのチームスタッフ、すべてのスポンサーやパートナー、長年にわたり我々の成功を支えてくれたすべての人にお礼を言いたい。バレンシアでは201勝目を目指そう!」

ホルヘ・ロレンソ選手談:
 「今日はとても特別な一日。ヤマハの200勝目を達成することができたことは大変な栄誉。それにライバルメーカーのホームコースだからなおさらだよ!今日のレースは非常に接近していて難しい戦いだったけれど、最後まであきらめず、少しでも速く、ブレーキは少しでも強く、そして少しでも差を広げるためにベストを尽くした。そしてついには少しアドバンテージが広がったんだ。この勝利を誇らしく思う。結果からみても、状況からみても、チャンピオンシップの行方を考えても、これ以上のことはあり得ないよ」


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