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成田亮インタビュー

成田選手が自身の2010年シーズンを振り返ります。

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JMX IA1

成田亮インタビュー|ライダーとして生きる!


モトクロス、レース、そしてファンを愛する成田。常にライダーであることを楽しんでいる

プライオリティー

 第9戦中国大会、成田亮の目には国内最高峰クラスにおける4連覇が見えていた。しかし、マディコンディションで行われた公式練習、成田が8戦という時間をかけて築いてきた4連覇への道は、わずか数秒で消えてなくなった。「マシンと壁に脚を挟んでしまったんです。つま先が変な方向を向いているのが視界に入り、その瞬間“チャンピオンがとれなくなる……”と思いました。その直後、強烈な痛みが襲ってきて担架を要請したのです」。そのまま、救急車で病院に搬送された成田だが、こんな極限の状態の中、まずタイトルのことを頭に浮かべるライダーの勝利に対する執着心の強さに驚かされた。しかし、どんなときでもまずはライダーである、それが成田の強さを形成するひとつの要素なのかもしれない。
 最終戦のSUGO大会を終えてからおよそ1ヵ月半、来年に向けてリハビリに励む成田が開口一番に語ったのがファンへのメッセージだった。「チャンピオンをとれず、本当にすみませんでした。これがいま一番の気持ちです。YSPのお客さまをはじめ、多くのファンの方に最後まで戦う姿を見せることができず、プロライダーとして失格ですね。今年もいろいろと辛いシーズンでしたが、その度にみんなの応援に助けられたので、期待に応えることができなかったことが本当に悔しいんです」
 このようにファンへの謝罪を口にした成田であるが、検査の直後、最悪の状態であることを知っていたにもかかわらず、勝利を諦めない行動をとったことはあまり知られていない。「病院で検査して、一旦会場に戻ってきたんです。その時、チームのみんなには最終戦に出場するつもりで手術をすることを話しました。自分でも諦めきれなかったから、とにかく1%でも可能性があるなら挑戦しようと思ったんです。その日に仙台に帰り、後日手術をしました。成功はしましたが、結果的には出場するどころの話ではありませんでした……」
 最終戦のSUGOに松葉杖で訪れた成田は、同じヤマハの小島太久摩がIA2でタイトルを獲得するシーンや、IA1のライバルたちの熱いバトルをじっと見ていたという。「自分もあの舞台に立ちたいなって痛烈に思いましたよ。みんながうらやましかった。チャンピオンもそうだけど、モトクロスやりたいなって、楽しそうだなって思ったんです」

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究極の選択

 成田を取り巻く環境のなかで、今シーズン最も大きな変化と言えば、やはりニューYZ450Fの投入である。もちろん、戦闘力の向上を果たしたこのマシンが、プラスを生むことは間違いない。しかしレースの世界で考えると、最初は戸惑いを生む要素でもあった。
 「曖昧さのあるキャブに対して、リニアなインジェクション。開幕当時、自分の感覚にどちらが合っていたかと言えばキャブでした。なにせ5年間戦ってきたわけですからね。だから正直、開幕戦はすごく不安でした。レースにおいてマシンの力はとても重要ですが、ライダーとマシンの一体感もまた重要です。開幕戦は勝ってホッとしましたが、綱渡りをしているようでまだ自分のものという感覚はありませんでした。第2戦はライバルたちにアクシデントがあって勝てましたが、何となくいい感触を掴めたレースでもありました」
 着実にセッティングを煮詰め、また自分の感覚をニューマシンに近づけつつあった成田。第3戦はこの勢いのまま連勝を重ね、4連覇に向けてさらに盤石の体制を築く重要な一戦であった。しかし、直前に発生した事件がレースに向かう成田の精神面を大きく揺さぶることになる。
 「息子が他界する事故が起こりました。あのときは何もできなかったし、何も考えられませんでした。レースの欠場も考えました。中途半端な気持ちで出場すれば、けがをする可能性があるからです。本当に究極の選択だったと思います。でも僕はライダーであることを選んだ。それは、僕が1番をとったときに息子がとても喜んでくれたから。だからこのレースでも1番をとって息子に喜んでもらおうと出場を決めたんです。でも、生活のリズムが狂っていたし練習もあまりできていなかった。そして精神的にも安定していなかったこともあり、惨敗でしたね」
 第3戦の結果は4位/6位。それまでの勢い、またIA1 3連覇中のトップライダーとしての強さは影を潜めた。さらに、ここから崩れていくことも予想された。しかし成田は、このレースでの敗北が自分を見つめ直すきっかけになったと言う。
 「勝てなかったことは、本当に悔しかった。そこで僕は、なぜいままでたくさん勝てたのかを考えました。それは多くのサポートがあって、その環境を最大限に活用して心技体を安定させてきたからであり、ある程度犠牲を払ってモトクロスを最優先にしてきたからです。でも第3戦はそれができなかった。全日本は戦う上で必要なものが欠けると、勝てない厳しい世界であることを改めて痛感しました。だからこれからは勝つために、いままで通りライダーである自分を最優先にしようと、そしてこれからも勝ちまくっていこうと思ったんです」

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不変の美学

 ストレスのかからない毎日を送る。適度に息抜きをする。家族との円滑なコミュニケーションを図る。そしていつも通りに練習をする。インターバルにおける成田の生活には一定のリズムと規則がある。そこにはライダー成田亮が勝つための「不変」という美学が存在している。そしてレースにおける考え方にも「不変」の姿勢が息づいている。
 「みんな、4連覇って言いますけど。僕の中で連覇への思い入れはそんなに強くはありません。だからそれによるプレッシャーも感じません。でも、僕はいかなるレースにおいても緊張感をもっています。なぜなら、僕の目標が一貫してヒート優勝だからです。チャンピオンはもちろん狙っていますが、ヒート優勝を積み重ねた結果がチャンピオン。だから、どんなにランキングポイントでリードしていようと、ここは落としてもいいという感覚はわいてきません。全部勝ちを狙っているから、緊張も続きます。これは僕にとって大事なことで、ライダーである限り変えることのできないポリシーです」
 成田は今シーズン、中止となった第5戦を含め、全20ヒートの内6ヒートを走っていない。にもかかわらず、全ライダーのなかでトップの8勝を挙げていることは、ヒート優勝に賭ける成田の強い思いを証明している。そしてこの先にあるのは、やはりチャンピオンであり、国際A級での100勝という大記録である。そして現在、成田はこの大きな目標に向かって既にスタートを切っている。
 「今やらなければならないことは二つあります。一つは、けがを直すこと。そしてもうひとつはこのけがをしたときの、痛いとか、怖いといった恐怖心を払拭することです。これができれば、あとは100勝をめざして突っ走るだけ。まだ100勝までは10勝以上あると思うので、達成できればチャンピオンもとれると思います。ただ、いまの気持ちを正直に言えば、チャンピオンとか100勝とか関係なくバイクに乗りたいですね」。
 今年、30歳を迎えた成田、ライダーとしての肉体はすでにピークを過ぎた年齢に入った。そんななか、大きなけがとタイトル奪取の失敗は、肉体だけでなく精神的に大きなダメージになったに違いない。しかし、成田は再び蘇ることを高らかに宣言した。その根底には、モトクロスが大好きでいてもたってもいられないという、生涯ライダーとしての成田亮がいるからなのかもしれない。


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