ヤマハ発動機の技と術

技術の広がり

「YA-1」にみる鋳造技術の背景

美しい音色が心に染み入る、ピアノ。エキゾーストノートが心を沸き立たせる、モーターサイクル。「ヤマハ」という社名から、音で人々を魅了する楽器とモーターサイクルの両方を想起する方も多いことでしょう。それもそのはず、楽器を製造するヤマハ株式会社と、モーターサイクルを製造するヤマハ発動機株式会社は、出自が同じ、日本楽器製造株式会社なのです。
1955年7月1日、日本楽器内にあったオートバイ部門を分離独立するかたちで、ヤマハ発動機が創業。1987年には日本楽器がヤマハ株式会社に社名変更したことで、「ふたつのヤマハ」が生まれることとなりました。そしてこの2社には、もちろん深いつながりがあります。
木工部分が目につくピアノですが、実は内部に隠されている鋳鉄製のフレームが、音色作りのかなめと言われています。ピアノのフレームは、全体で20トン以上にも及ぶ弦の張力を支えているため、高強度でなければなりません。一方で、美しい音を長く響かせるために、弾性も必要とされます。強度と弾性。似て非なるこの機械的性質であるふたつの要素を兼ね備える鋳鉄技術を、日本楽器は培ってきました。

ピアノフレームの量産(#1)にあたっては、真空鋳造の「Vプロセス」を採用。砂型にフィルムをかぶせ、バキューム(Vacuum)で引っ張ることで砂型の強度を増し、鋳造において問題を起こすガスを抜く効果もある工法です。Vプロセスの恩恵で、高精度で、なおかつ剛性と弾性を併せ持ったピアノフレームを量産することが可能になりました。
自社フレーム鋳造工場を持つ日本楽器は、世界のピアノメーカーの中でも希有な存在です。「金属を溶かして、思い通りの形と性能にする」。ヤマハ発動機は、その前身である日本楽器の時代から、鋳造技術を研鑽してきたのです。

1954年、ヤマハ発動機の1号機「YA-1」(#2)の試作が始まりました。ピアノフレームで培った「相反する要素を併せ持つ」鋳造技術は、軽量でありながら高い耐久性が求められるエンジンシリンダーの鋳造において、大いに役立つことになります。
しかし、モーターサイクルのエンジンはデザイン品質に大きく影響する外観部品。ほとんど目にする機会がないピアノフレームとは違い、見た目の美しさも備えていなければなりません。砂型鋳造による試作当初はフィンまで溶湯が回らず「どびん」と揶揄されてしまうほどの鉄塊でした。

開発者たちは多くの失敗を重ねながら、元来の鋳造技術をさらに研鑽し、より高精度の鋳造を可能にしました。創業者である川上源一が、モノ造りの根源である素形材を重視する人物だったことも、鋳造技術の進歩を強力に後押したのです。

細部まで高品質なデザインで魅せると同時に、高性能も備えていたYA-1は、「赤とんぼ」の愛称で人気を博し、モーターサイクルメーカーとしては後発だったヤマハ発動機の名を一気に広めました。YA-1の空冷2ストローク125ccエンジンが奏でるエキゾーストノートは、ピアノの音色に通じる美しさがあった……のかもしれません。ヤマハ発動機は、さらに鋳造技術を高めながら、モーターサイクルメーカーとしての地位を確固たるものにしていきました。

当時を想起して技術者は語ります。「今でも鉄の知識を知ることは大切な技術ポイントです。溶接の扱いも容易ですが、その潜在力を侮ってはいけません。アルミ・チタン等への材料置換を考える際も、基礎は鉄の知識と経験にあると思います」と。

(#1)ピアノ用鋳鉄フレーム製造風景(1960年代)
〔写真提供:ヤマハ株式会社〕

(#2)YA-1は、培ってきた鋳造技術を背景に誕生した