艇番②⑤③④①クルーザー ⑧IHI関西レジヤーポート協会江戸川水上スキークラプアメリカンマリーナー正2 ウィリアムR・イルマン,国正源一郎13 福留清彦・中山昭彦」.M.B.CJ.M. B.Cクラウンポートクラプ朝日高分子工業 ジョンソン同上J.M. B.C75×1エビン40x2ジョンソン75×2マーキュIJ−80×1ジョンソン75×175×1マーキュリー80×1マーキュリー80x2ケーニッヒ35×2びわこ自家用モーターポート協 ゲール60×1マーキュリー80x1マーキュリー70×1ジョンソン75×2スコット75×3スコット75×4横浜モビールパシフィックヤマハ発動機ヤマハ発動機ウエストベント80×2マーキュリー80×2一マーキュリー45×2マーキュリー80×2マーキュリー45×25.58.214.10 ランナ4.80 ランナ 木杉浦造船4.50 ランナ5.20 FRP朝日高分子5.00 ランナ 木永大産業6.00 ランナ 木永大産業4.80 木杉浦造船5.00 ランナ4.30 ランナ FRP朝日高分子5.00 ハイドロ4.57 ランナ FRP4.57 ランナ 木S.4製缶4.20 ランナ 木S.4製缶4.25 ランナ6.20 ランナ 木横浜ヨット6.20 ランナ 木4.80 カタマランFRP6.90 カタマランFRP船長(m)一 5一第1日時間/順位第2日時間/順位入間 ⑭御前崎 ⇔第3日時間/順位綜 合タイム11.4 ⑤不参9.52 ②13.11 ④8.33不参大井川口 ⑧不参12.28 ⑥長津呂 ●11.12 ③12.40 ④不参天竜川口転覆 ㊧不産1335 ⑧15.13 ㊤11.39 ④不参12.09 ③10.43 ②沼津 ●下田 ●6.40 ①13.46 ⑤5 早川重三郎・トーマス・伊藤.宅間久雄6 岡 洋太郎岡田 忠夫7 山口 真深身 修一8 富田忠博・小倉時雄半田伊八郎・石田智9 根本 昇野村 修二10 島 青山ド 裕己11 谷崎 幸治大宅 弘泰16 山下幸雄・片山研二17 熊沢 審内田 四郎18 芋卯 清一一・小森宮正真・吉沢広和19 森島 好信竹内 吉次20 堀内浩太郎・松本吉夫・金原 晃1 根岸譲治・米山降明2 杉浦 誠・井未 勇松村邑夫安宅洋二郎3 草間 信男早坂 文男4 中井 清石川 文雄渡辺欣哉14 毛利 八束富岡 政男15 天野 義彦石井 久由丸山 厳選 手チ ー ムパツカニヤポートクラプ日水クラブ白水クラブ朝日高分子工業 ジョンソン杉浦クラブJ.M.B.CS.4クラブ鶴見クラブヤマハクラプヤマハクラプ決勝順位32.3028.4531.0620.03型式材質造 船 所船外機馬力×数表1 第1回 東京→大阪(太平洋)1000キロ・マラソン結果 期日 昭和36年7月7・8・9日 参加14隻 34名ことが出来たと思う。口を当てたとのことで,これは恐るべき精度である。艇長の天野先生(医師)は海軍軍人だったそうで,やはり見事なものである。 私達の総時間は20時間03分であったから,東京から大阪までの最短距離を745kmとすると,平均速度は37km/hである。2位が永大艇の26時間32分であった。(レース結果・表1) 私はこのレースから実に多くのものを学び取る 外洋のロング・コースは厳しかったけれども,他に例のないほどの壮大なロマンに浸ったのだという気がする。ボートを仕事として選んだことが幸せだった。大阪港口の数100mのロス,御前崎前の100m足らずのロスを除くと,ほとんど無駄のないコースが取れて航法に自信が付いたし,体力の消耗がどのような形で進んでくるかもほぼ理解で頑固な定速運転を知っているから,少し回転を上げるだけで何とかなるはずだ,と腹を決めた。 そして,大阪湾のモヤの中に相手を見失った時,我々は遂に4000rpmに上げた。そして,一発で大阪港口を当てることに全力を集中した。視界が200mほどしかないので,目標からちょっと横へそれても,土地カンのない私は右に行くべきか左に行くべきかわからなくなる恐怖があった。しかし,50km余を走って,目前に発見したのは左右に続く提防であった。しばし迷ったが,ままよと西へ向かって500mほどの所に見付けた港口に,やっとの思いで駆け込んだ。15号艇は? と胸のつまる思いで港内を見回したが,その姿はなかった。やれやれ,やっと勝てた,と思う間もなく,15号艇が入って来た。その差7分。危なかった。しかし,辛くも完勝を手に入れたその喜びはたとえようもなく大きかった。後で伺うと,15号艇は真直ぐ港5.17 ③6.39 ⑤26.214.75 ②6.37 ④4.50 ①
元のページ ../index.html#9