’・ ドライバー前の床に据えた大型(5インチ)コった。のであろう。ング・コンパスの振れの中心を読む練習を続けると,だんだん読めて来るから面白い。機関回転数は,激しいジャンプを続けながらも3500rpmに保ち,振動回転計まで使って4基の回転数を正確に合わせた。これも速度を落としているから出来ることで,エンジンのために非常によかったと思う。後に,このレースで使われたエンジンが非常に良いブレークイン(ならし)を受けていた,と報告されたことでも,このことが判る。 下田の港に入ってチェック,給油。やはり1位を維持しているが,他艇がどの辺まで来ているかは皆目わからない。そそくさと下田を出て御前崎に向かったが,この海は大変だった。10時半(方斜めに当る毎に船首は30度ほども右に回される。方向を直すとまた次の波が来る。この繰り返しでは駿河湾の奥深く入ってしまうことは明らかである。といって,もし左に寄せ過ぎると,御前崎の南をかすめて遠州灘に出てしまうことにもなりかねない。視界は良くなって来たとはいえせいぜい3km,方向探知機は積んでいなかった。 回転数は3500rpmを保っているが,激しく変化する船脚で,平均速度の推定も困難である。しかし,我々には100mの無駄足も許されない。波頭で船首が北に落とされた分を補正すべく,その後の波頭まで進路を南に寄せる。頭の中で,それた角度を時間で積分して補正量を得るのはなかなかむつかしい。しかし面白い仕事だった。時折,航跡でその出来栄えを評価してみる。 そろそろ御前崎が見えても良い頃だが,あるいは遠州灘に出てしまったか,と不安を感じ始めた頃,急に雲の上,右手に富士山の頂上が見えて来た。大喜びでベアリングをしてみると,未だ御前って,大いに安堵したことだった。富士山がこれほど有難いものだとは知らなかった。 それから10数分後に御前崎港を発見10時40分,走り込んだ。発見時の方向修正は約10度,ロス距なく自信あり気に彼らは船灯を消し,自らの方向に走り去ってゆく。スピード半分の悲哀を痛いほど味わったのはこの時である。しかし間もなく,航法に集中することで心は一杯になった。 東京湾の中なら目をつぶっても走れる,と言っていた他艇と違い,私たちはまったくこの湾のことを知らなかった。その分,計器航法に集中した。海図とコンパスと,「10km航法」だけが頼りであった。10km航法とは,海図上に予定航路を記入して10km毎に刻みを入れる。そして,機関回転数と,10kmを走るのに必要な時間の一覧表を見ながら,刻みに予定到着時刻を記入しておく。物標,たとえば灯台や島に達することに刻みの予定時刻と見比べて,速度・方位の修正量を確認し,その後の予定到着時刻を修正する方法である。これによって海図上の自艇の位置を刻々に掴んで走ることが出来,また実際の艇速や方位との比較で修正が出来,航法の精度を上げ得るのである。 この朝,東京湾にはモヤが立ち込めて視界は100mほどだったが,鏡のように穏やかな水面のおかげですばらしく良い精度でお台場を当て,自信を持って三崎港に向かうことが出来た。その頃,我々とほとんど直角の方向に駆け抜ける他艇を二,三度見かけた。おそらく自艇の位置を見失ったも 三崎に着いてみると,まったく予想に反して我々は2位ということであった。チェックを受け,次の下田へ向けて港を走り出ると,10分と経たぬうちに,舵トラブルで停止している1位艇の側を走りすぎた。半分の艇速で早くもトップに立った不思議に,我々3人は思わず顔を見合わせてしま 下田まで,少しずつ荒れて来た海に衝撃が激しくなり,ダッシュボード上に据えた2インチのステアリング・コンパスが回り出して読めない。コンパスが静定しているので方位を読み上げてもらい,島影や雲などの物標を見据えながらステアリ一 3一位,左前45度)の方向から来る2m余の崩れ波に崎には達していない。あと7〜8kmと距離もわか
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