芦・一一一一ぐ図1った。と思う。ー プ罐を使うことによって給油時間を短縮しようと考えたのである。 マラソン」んでしまった。これは良かったと思う。による積み上げはその根幹をなすものである。従って私どもの外洋レースの模様を詳述して,その中からS−18の生まれ来る経過をご理解頂きたい 「東京→大阪・太平洋1000kmモーターボート2隻を出場させることに決め,私はCAT−21の艇長として乗る機会を得た。 この艇は船外機2基を搭載する設計であったが,6.9m×3.3mの船体に,当時ヤマハが取り扱っていたスコット75馬力を2基のせても50km/hしか出ないという非力さで,このままではレース艇とはなり得なかった。外洋を走る以上,船体が大きいことは有利なので,船外機を1基掛けるトランサム(船尾板)にそれぞれ2基ずつのスコットを取りつけてレース艇に仕立てた。狭いところに2基を押し込んだから船外機は10度ほどしか廻らず,大舵は切れない。しかし,スロットル操作で小まわりは出来るし,外洋航走中はこの小舵で充分だ 4基合計300馬力によって,3名の乗員と燃料,予備品を積んで64km/hが出せるようになった。重心が後退して思ったより速度が出たのはよかったが,お陰でタンカーのように,予備燃料でコクピットが占領されたのには閉口した。5ガロンのジ 1000kmマラソンは,途中,御前崎と,串本で泊る3日間のレースで構成され,1日の行程の中にも燃料補給を受けられるチェック・ポイントが2カ所設けられている。起点は東京・平和島の競艇場であった(図1)。ここで,翌朝にスタートを控えて殺気立っているチームに、夜になってから川上社長の指示が入った。レース中,エンジンの回転数を3500rpm以上にするな,というのである。最高回転が5100rpmのエンジンを3500rpmに絞ると,馬力は三分の一となり,速度は39km/hまで落ちてしまう。20隻の出場艇のうちの数隻は,軽い船に80馬力を2基積んで80km/hが出せると豪語している。相手の半分の速度で勝たねばならぬとすると,これは大変なことだ。私ははたと考え込 会社はオートバイのサービス網の全力を上げてこのレースを支援し,数十人の社員がチェック・ポイントで固唾をのんで待っている。最大の船と圧倒的な馬力を持って絶対に負けられない我々にとって,これはまた苦しい課題であった。(今になって考えてみると)無理をしないで走れ,というほどの指示だったのかも知れない。しかし,私は真正直にこれを実行しようとした。小なくともエンジンを壊す心配はない,ナビゲーション(航法)に集中するしかない,1mでも無駄走りはするまい,と心に誓った。心に一つの割り切りが出来た。 今,私が自動車を運転するとき,握りで5〜6mmの動きを保とうとする,右回りのコーナーは中央線を超えて対向車線に入るし,左まわりのコーナーでは,その前にふくらんでRを小さくしようとする悪いくせがある。このレースの時の集中が未だに後を引いているのである。号砲とともに発艇した。スタート直後,電柱のような丸太に乗り上げて4つのエンジンが停止,再スタートに手間取ってやっと港外に走り出してみると,他艇の船尾灯が遙か先に見えていた。間も 1000kmマラソンに,私達はCAT−16とC−21の 7一 2一 さて,7月7日早朝4時,真暗闇の中を我々は∴蒜羅〜::
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