技報No.2 eBook | ヤマハ発動機
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|t11森山工業㈱技術部北野昭雄』_______________________________一一一一一一2.沿 革4849505152535455565759『一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一11.は じ め にー ルマグネトウを月産300台で立上りました。その翌年ヤマハ初のファミリバイク・パッソル向のC年               本          fttW           ”be,・””、、鯉冷ぺポット生産で第4世代に突入しておりましてヤマハグループ唯一のエレクトロニクス関連企業として色々な面で皆様のお役に立てる会社です。3月 ブランク加工増産8月 FWマグネトウ生産開始10月 CDIマグネトウ生産開始10月 第1工場ヤマハより譲渡3月 第2工場稼動12月 コンピュータモニタ生産開始9月 電子メータ生産開始12月 大須賀工場稼動5月 技術部設置,購買業務委管12月 YPVS生産開始3月 スタータモータ生産開始5月 多極CDI生産開始2月 小型点火コイル生産開始7月 小型CAME生産開始沿       革11月 会社創立12月 ブランク加工開始6月 マグネトウ生産累計100万台5860一 49一して産声をあげました。致しました。7月 標準CAME生産開始12月 Vプースト生産開始 森山工業は,昭和48年11月2日周智郡森町森に当時完成したばかりのヤマハ発動機森工場を借用 創立当初はヤマハ発動機浜北工場よりオートバイエンジン向トランスミッションギヤのブランク加工の仕事を分けていただきまして操業を始めましたが,この仕事は昭和56年3月の月産925千個の加工をピークに昭和57年4月迄に他社へ全面移管 現在の電装品を生産する様になりましたのは昭和51年8月からで,当初はメイト向のフライホイDIマグネトウの生産を初め,その後はファミリバイクの増産に伴い当社も成長して参りました。 昭和57年5月には,ヤマハ発動機より開発部門の移籍を受けヤマハの関連企業としましては三信工業(50年7月移籍)についで2番目の関発より製造迄の一貫体制をもった企業となりました。ボットの製造委託を受け名実共にメカトロニクスメーカに成長しております。 森山工業は,昭和48年のブランク加工で第1世代,昭和51年のマグネトウ生産で第2世代,昭和57年の開発部門移籍で第3世代,そして59年のロ 又,59年7月からはIM事業部開発の多関接ロ森山工業㈱紹介

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