技報No.2 eBook | ヤマハ発動機
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走り出す。大阪→東京マラソンを終え,平和島で握手をする3人のクルー一 10一直し,翌日に備えた。り味が生きる。しかし時折り,次の波まで飛べないことがあって波間に落ちると,激しい衝撃を食らう。思わず速度を落としてゆるく波を飛び越えると,その次も叩きのめされるような衝撃が来て,恐怖感をあおる。気がつくと,我々のすぐ左手を岡田艇が凄いスピードで追い越してゆく。見ていると,実にスムーズに波頭を拾って飛んでゆく。やはり速度を上げたほうがリズムに乗れるらしい,それにしても,何と素晴しい走りだろう。しかし、リズムを外れた時のことを考えると恐しいな,と思う間もなく,100mほど前方で停止した。あとで聞くと,船外機のブラケットを折ったということであった。岡田艇はその後,船外機の本体をロープで括り付けての苦しい航海を続けることになる。 我々は岡田艇の横をすり抜けて,闇へ突き進む。と,間もなく,永大艇が寄り添うように近寄って来た。併走すると相手を鼓舞することになる。速度を落として横に外れ,視界を脱してから猛然と 次のチェック・ポイントは尾鷲。雨が激しくなり霧も出て,視界は500mとない。尾鷲の入ロを当てる自信がない私は,熊野市を過ぎるあたりから25km/hに落とし,岬の一つ一つを詳細に海図と照し合わせて,尾鷲湾を確認しようとした。三木崎を自信をもって確認し,次に九木崎の灯台の確認をしようとしたが,あるべき位置に見当らない。それまで自信があっただけに,言いようのない不安が胸を覆って,暗澹たる気持におそわれた。その時,低い霧が動いて白い灯台の根本が岬の木の間から見え出した。灯台が,30mまで降りた低い雲の中に隠れていたのである。勇躍,港内に走り込んで,第一の難関を突破することが出来た。 このコースの波で,転覆,浸水,棄権の船が続出,発艇した11艇のうち尾鷲に達したもの6隻,ここで2隻がリタイヤして,尾鷲を発進したものは僅かに4隻となってしまった。 尾鷲をスタートしてからは,さらに波長の短い向かい波が続く。波頭の一飛び毎海に船尾から着cmの波高となり,速度をまったく落とさない我々は逆に抜き返し始めた。そして,串本の灯台の下でトップ艇と並び,手を振りながら追い越して行った。手を振る我々に比べ,必死に艇に掴っている相f艇の船底勾配の少ない苦しさが手に取るように見えて,船型の大きな違いを感じた。 100mも離した頃であろうか。我か艇の片方のエンジンが止まってしまい,引きヒげてプロペラをに再び抜き返され,エンジンをだましだまし串本港に人った時は1分ほど離されていた。初めての敗北であった。}二陸後直ちにタンクを外して洗い そして二日目,真暗な中で目を覚すと,電線が風。今日のレースが恐しくなる。しかし,レースはGOだった。 4時15分には発艇,港の外に次つぎ押し寄せる頭に飛べば調子よく走れて,新型艇の柔らかい乗ピューピューと鳴り,時折り家が揺れるような強白い波は夜目にも凄まじいが,目をつぶるようにして突っ込んでゆく。暗い中で約1.5m,真向いのくずれ波である。波長が短いから巧く波頭から波調べたりしているうちに,せっかく抜いたS4艇

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