東京のデザイン会社で働いていた時に、前触れもなく「面接に行くぞ」と磐田に連れて行かれた。そこでお会いしたのが当時の経営陣の皆さんだった。
私はまだ30歳を少し超えたばかり。お茶をいただきながら談笑して「ずいぶん自由な気風の会社だなあ」と感じたことを覚えている。
そして「よし。ヤマハが出資するから会社を作りなさい」と、原宿のセントラルアパートに仕事場まで用意してくださった。それがヤックの起こりだった。
一方で、そうまでしてくれたのにヤマハからの明確な課題や指示はなかった。あったとすれば「何か新しいものを創りたい」といった程度のことだったと記憶する。
目利きをして、投資をして、任せきってしまう――。このやり方は、実業家・川上源一さんの流儀にも見られるが、経営陣の皆さんにはおそらくそこからしか生まれて来ないものが見えていたのだろう。ここが、すごい。
だからこそ、エルム・デザインとなってからも、業務の配分はプロダクトに50%、先行プロジェクトに50%という主張を曲げなかった。
アドバンスを軽んじれば企業としてのヤマハらしさは失われてしまう。ヤマハの成長はアドバンスによってもたらされるのだと信じていたし、今もそう考えている。
会社は誰のためにあるのか? 株主のためにあるという人もいる。でも私はずっと社会や人々のためにあると考えてきた。社会の人々の暮らしをもっと楽しく、もっと便利に、もっと美しくするために会社はある。そしてヤマハ製品があり、ヤマハデザインがある。
パッソル、そしてPAS。仲間とともに生み、送り出したプロダクトが社会の評価を受けて広がってゆく。新しい乗りもので、新しい生活を送る人びとの姿を思い描いて線を引く。そして町を歩き、そのとおりの世界を自分の目で見る。それはまさにデザイナーとしての醍醐味だと思う。「何か新しいものを創りたい」―― 。そう求め続けることがヤマハらしさなのだと思う。