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Vol. 10 スーパースポーツからピュアスポーツへ。異なる次元へ突入したニューYZF-R1。

 一貫してライダーの感性に馴染みやすいハンドリングを追求し続けてきたヤマハ。それは如何なるスポーツバイクも、ユーザーが実際に使用するツーリング・シーンでの扱いやすさを優先するという、ライバルメーカーとは常に一線を画したフィロソフィーを貫いてきた。
ただパフォーマンスの頂点モデルは、スーパーバイクレースやMotoGPマシン開発からのフィードバックなど進化の一途を辿っていて、他のスポーツバイクの概念から一歩踏み出す必要性に迫られてきた。
 1998年にデビューしたYZF-R1は、その真っ只中に投入されたヤマハの解答だったが、そこからの進化にもハンドリングのヤマハならではの布石が展開されていったのだ。そして登場した最新YZF-R1M……サーキットでのスポーツ走行も意識した少数派向けの超スペシャル・マシンだが、その開発アプローチもヤマハならではのイノベーションに満ち溢れていた。

寄稿者プロフィール


根本健

1948年、東京生まれ。慶應義塾大学文学部中退。
16歳でバイクに乗り始め、’73年750cc全日本チャンピオン、’75年から’78年まで世界グランプリに挑戦。帰国後、ライダースクラブ誌の編集長を17年にわたり務め、多岐にわたる趣味誌をプロデュースする。
現在もライフワークとしてAHRMAデイトナレースに参戦を続けている。

圧倒された新設計クロスプレーンエンジンの素性

 最新YZF-R1・2015年モデルのスペシャル・バージョンとして同時発表されたYZF-R1M。ハンドリングのヤマハに新たな1ページを加えるそのR1Mに、ヤマハ・テストコースで試乗をして最新の進化を検証することになった。圧倒されるハイパワーと、MotoGPマシンからフィードバックされたという様々な最新デバイスが搭載されたR1M……ライダーのミスもリカバーしてくれる筈だが、やはり地上最強のパフォーマンスというだけで、正直なところ試乗前の緊張は50年を超えたライディング経験でも大きなプレッシャーだった。
 しかしコースへ飛びだしたその瞬間から、緊張は驚きに、そして徐々に感動へと変わりはじめたのだ。
 パワーシフトでクラッチレバーに触れることなく矢継ぎ早にシフトアップ。3速・4速・5速と途切れのない加速が続くのだが、高速域になっても加速感が変わらない異次元感覚……MotoGPマシンでしか経験したことのない、パフォーマンスが早くも伝わってくる。

根本氏の試乗を待つYZF-R1M 袋井テストコースにて根本氏の試乗を待つYZF-R1M 袋井テストコースにて

根本氏の試乗を待つYZF-R1M 袋井テストコースにて

 そして心を躍らされたのがその独得なエキゾーストノート。YZF-R1のクロスプレーンのクランクシャフトに乗ったのはこれが初めてではない。爆発間隔の違いで他のインライン4とサウンドが異なるのも知っていた。しかし、いま聞いている自分が乗っているバイクから伝わってくるのは紛れもないMotoGPマシンのM1そのもの。ギョ~ン、複合した周波数ならではのミックスサウンドは、絶対音量こそ一般公道用に抑えられているが、中速域の歯切れよく刻むパルスが13,000rpmの高回転でも連続音にならず、一定の上昇率で路面を蹴るチカラを感じる。ここまで官能的な刺激の強さは従来モデルにはなかった。ヤマハが如何に決断して、次なるステップへ踏み出したかを象徴するアピールの明確さが実に心地よい。年甲斐もなく、ヘルメットの中で思わずニンマリする自分に呆れつつ、肩のチカラを抜きながら気持ちを引き締める。

YZF-R1Mでコースインする根本氏 袋井テストコース YZF-R1Mでコースインする根本氏 袋井テストコース

YZF-R1Mでコースインする根本氏 袋井テストコース

 もちろんクロスプレーンはこの独得なサウンドのためではない。インライン4気筒は連続した加速など、一定条件では振動も少なくバランスも良い。しかしスロットルを開け閉めしたとき、ピストン往復をスムーズかつ回転力へ変換するために与えてあるクランクの重さが、2気筒ずつ180°の対角で動く通常の位置関係だと車体を上下前後に揺する要因になりやすい。開け閉めの一瞬とはいえ、コーナリング中の車体の挙動に敏感なライダーに警戒感を与える。ヤマハはこのクランクの位置関係を2気筒ペアで90°捻ることで慣性力を分散、車体への影響を抑えライダーの集中力を損なわないようにしたのだ。必然的に爆発間隔も異なるため排気音が独得なトーンになるわけだが、不等間隔のパルスが生む路面の掴みやすさや、後輪の駆動で滑りかかった一瞬でも、慣性力によるレスポンスの遅れが少ないためコントロールがしやすいメリットも併せ持っている。
 これはいうまでもなくMotoGPマシンYZR-M1開発からのフィードバックだが、そこまで一般のライダーに違いがわかるのかと思われるかも知れない。しかしR1Mではその恩恵を授かるシーンばかり。ハイパーマシンになればなるほど、僅かな一瞬の緊張を減じてくれるか否かが乗れば乗るほど差として実感できる。ましてや微妙なサスペンション側のサポートが功を奏するR1Mでは際立って効果が大きい。限界域の遙か手前のツーリング・アベレージでも乗りやすさが顕著なのだから、誰にとっても見逃せない進化であるのは間違いない。
 何やら超専門的な解説続きで恐縮だが、最新のヤマハ・ハンドリングがそんなコトになっていようとは、ボク自身でさえ夢にも思わなかったのだ。ここからお話する肝心のコーナリング・シーンでの、ヤマハならではのハンドリングの違いをお伝えするには、こうした技術革新の意味や効果の説明抜きには不可能なのでご容赦願いたい。

新設計クロスプレーンクランクエンジン“CP4” 新設計クロスプレーンクランクエンジン“CP4”

新設計クロスプレーンクランクエンジン“CP4”
パワーNo.1で勝つ。そのための達成手段は、「体積効率の向上」、「燃焼効率の向上」、「ロス馬力の排除」という極めてシンプルな技術要件を徹底することにあった。さらに、6軸センサーを用いた革新的な電子制御システムを加えている。その考え方は、MotoGPと同様である

スロットル操作もブレーキ操作も段差を感じさせないリニアリティ

 先ずはわかりやすいS字コーナーを再現しよう。最初の右コーナーへの進入でブレーキングとシフトダウンで減速するのだが、そのブレーキングのフィーリングからして驚く。ブレーキレバーを引くときのタッチがやんわりとしていて、カツンと油圧がかかる節目を感じさせない。まさに伝統的な表現の、真綿で首を締める感覚そのものの減速Gが2次曲線的に立ち上がってくるのだ。それでいて急激なノーズダイブはなく、どんなにハードブレーキングしようが適度な姿勢変化がゆっくりと訪れるという安心感に満ちている。ABSもイザというときに備えてあるから疑心暗鬼な気持ちは皆無で済む。
 シフトダウンに伴うエンジンブレーキも唐突さがなく、回転が落ちてきたときに減速Gがドロップしない一定の感じが保たれる。この後輪が路面を掴んでいる感触を頼りに体重をイン側へ移動すると、車体の傾きに前輪の方向が全く遅れることなく旋回がはじまるのだ。前後輪が一緒になって曲がりはじめる……実際はライダーに警戒心を与えない一瞬だけ前輪が遅れるタイムラグがあるのだが、感覚的に同時と思える追従バランスが見事。ライディングスキルの高いライダーだと、このシーンで体重移動のスピードなど、車体をバランスさせるコツを活かせるのだがその必要は全くない。最初の数ラップは、リーンしてから曲がり過ぎてイン側のゼブラに乗り上げそうになったほど瞬く間に旋回へと移行していく。なるほど、だったら進入スピードをもっと上げて、バンク角が深くなるにつれグイッと曲がる前提で組み立てられるのだナ、などと舌なめずりさせてくれる。

YZF-R1M (海外モデル2015年発売) YZF-R1M (海外モデル2015年発売)

YZF-R1M (海外モデル2015年発売)
コンセプトは“High Tech Armed Pure Sports”。ツイスティロード最速から、主戦場を変えレーストラックNo.1を掲げて開発された。YZR?M1のDNAを色濃く反映。R-DNAとネーム以外全てが刷新された。多くのライダーがYZR-M1のフィーリングを楽しむことができる

スロットル操作もブレーキ操作も段差を感じさせないリニアリティ

 そしてS字の左への切り返し。いやはや軽い。体重を左へ移動する構えをしようと思った途端に車体が起きて、気がついたら左旋回へバンクしていたという素早さだ。すかさずスロットルを開け、次なるコーナーへと体勢を整える。ブワッ、そんなエンジン音とタイヤがトラクションで凹む感触が同時にきて、車体が座り込むかのような安定領域に落ち着く。ハイパー・ビッグマシンを操っている恐怖心など微塵もなくなっているではないか……。

 この間に何が起きているのか、ブレーキングでは減速Gに従ってフロントフォークの減衰力が適度に変化しノーズダイブを抑え込み、同時に後輪がブレーキ入力を自動調整しつつ路面を掴みやすい姿勢にリヤサスがキープ、バンクしてコーナリングフォースによる沈み込みをジワッと支え、切り返しの挙動を感知すると減衰力を弱めて軽快な運動性となり、また次のリーンで曲がりやすく前後輪が路面をグリップしやすいバランスに追従してくる(後編へ続く)。